2004.4.21
社会学研究9「社会構造とライフコース」
講義記録(2)
●要点「近代社会の構造」
人々のライフコースを観察することによって、彼らの社会の構造について知ることができる。具体的には、人々のライフコースを構成するライフイベントの種類、個々のライフイベントの普及度(多くの人々が経験するのか、一部の人々が経験する)、平均経験年齢、経験年齢のばらつき(多様な年齢で経験するのか、特定の年齢で経験するのか)、ライフイベント間の順序や間隔、といった指標について調べるのである。たとえば、普及度と経験年齢のばらつきという2つの指標を組み合わせて考えると、普及度が大きく経験年齢のばらつきの小さいライフイベント(たとえば小学校への入学や、年金の受給開始)はその社会における制度的ライフコースの基本的な構成要素であるといえる。人々はそれをあらかじめ予測できるから、それへ向けて、予期的社会化(要するに準備)が行われ、日々の生活は組織化される。
他方、社会の構造が変動すれば、当然、個々人のライフコースにも変化が生じる。出生コーホート間でライフコースの構成を比較すれば、社会変動と結びついた趨勢的変化(たとえば、高学歴化、晩婚化、少子化など)を観察できる。
では、「近代社会に固有の社会構造」とはどのようなものだろうか。それは「共同体」と「市場」から成る二重構造である。「共同体」は血縁・地縁に基づいた集団(具体的には、村落共同体や家族・親族)であり、近代社会の出現以前から存在する。「市場」は近代において飛躍的に発達した領域で、人々はそこで労働をお金と交換したり(労働市場)、配偶者を見つけたりする(結婚市場)。個人は、「共同体」の内部で生まれ、育てられ、やがて「市場」に出荷される(このとき、「共同体」から「市場」へのルートに相当するのが「学校」である)。そしてやがて老化のために労働力としての価値が低下してくると、「市場」から引退し「共同体」に回収される。
こうした社会構造内での移動を個人に動機付けるために、社会は子どもたちに「大きくなったら何になる?」「誰か好きな人はいる?」という質問をシャワーのように浴びせかける。その結果、子どもたちは、人生を何かになるための過程、そして愛する人と出会うための過程として認識するようになる。「成功」と「幸福」は、近代社会における「人生の物語」の二大テーマである。
●質問
Q:衝撃的な事件や戦争、大きな災害などの経験もライフイベントに入りますか。
A:もちろん入ります。そうした一回性の歴史的・社会的事件は、予測可能な制度的ライフコースに対して、一種の攪乱要因として作用します。ライフコース研究の嚆矢とされるエルダーの『大恐慌の子どもたち』(1974年)は、1930年代の「大恐慌」の経験が子どもたちのライフコースに及ぼした影響の研究です。
Q:身体的特徴はライフイベントになるのでしょうか。
A:それはライフイベントではなく、個人のライフコースが形成・展開していくときの所与の条件(の1つ)です。どういう階層の家族の一員として生まれるかというのと同じです。
Q:長いスパンの社会変動は個人のライフコースの観察からはとらえられないのではありませんか。
A:確かに、生存中の個人だけを対象にしていたのでは、考察のスパンは個人の人生の長さの範囲内にとどまります。しかし、すでに死んでいる人々のライフコース記録(たとえば江戸時代の宗門人別帳など)を用いれば、数百年にわたる時間幅で社会変動とライフコースの関連を分析することが可能です。実際、正岡先生や嶋ア先生はその分野の専門家です。
Q:私は人生の目的を、何かになるためとも、愛する人と出会うためともまったく思いません。これは社会変動の兆しですか。
A:人生には目的などないとあなたが考えているとすれば、それは脱近代的思惟ではなく、むしろ近代的思惟の一種であるニヒリズムというものです。そうではなくて、あなたは人生には成功や幸福以外にもっと重要な目的があると考えているとすれば、脱近代的思惟といえるでしょう。ただし、「一羽のツバメは夏を作らない」ので、それが即、社会変動の予兆とはいえません。
Q:近代社会の「人生の物語」の二大テーマとして「成功」と「幸福」がありましたが、では、愛する人と結婚し、好きな職業に就いた後の人生の物語のテーマは何なのでしょうか。
A:「さらなる成功」と「さらなる幸福」です。「出世」と「子どもの成長」(子どもが成功し、幸福になること)はその代表でしょう。あるいは、「成功の持続」と「幸福の持続」です。具体的には、「リストラに遭わない」、「家族が重い病気にならない」、「配偶者が浮気をしない」などです。
Q:近代社会の人生の物語の基本テーマとして「成功」と「幸福」の2つがあげられていましたが、現代社会ではまさにこの2大要因が崩れているのではないでしょうか。フリーターは増えるし、晩婚化・非婚化も進んでいるし・・・。
A:現代社会で起こっていることは、「成功」と「幸福」というテーマそのものの消失ではなくて、何を「成功」と考え、何を「幸福」と考えるかという成功観と幸福感の変化であると思います。たとえば、『ホームドラマ!』では、非血縁関係にある人々がつくる共同体を当事者たちは「家族」として認識しているわですが、それは伝統的な意味では家族ではないけれども、幸福の物語の舞台であるという意味では「家族」なのです。
Q:前近代社会、近代社会と来て、次が脱近代社会ですが、どうして脱近代社会というのでしょうか。近未来社会ではダメなのですか。
A:ダメですね。なぜなら、「未来」という言葉は「現在」に対してたんに時間的な前後関係しか示さない言葉だからです。明日が今日と変わりばえのしない一日であるかもしれないように、近未来社会も現在の社会の延長線上にある社会かもしれません。それに対して、「脱」(ポスト)という言葉は、ある状態からまったく別の状態への移行を示す言葉で、したがって脱近代社会は近代社会とは価値や制度の点で基本的に異なる社会です。
Q:僕は最近、人生とは何のためにあるのかわからず困っていますが、それは小さい頃に、親から「何になりたいの?」と聞かれなかったせいでしょうか。
A:親は社会化の唯一のチャンネルではありませんから、それは考えにくい。これまで頑張ってきたことの疲れが出たのではありませんか。アントニオ猪木に気合いを入れてもらうといいかもしれません。
Q:先生は運命を信じますか。
A:あらかじめ人がどういう人生を歩むかが決まっている(しかし、それを事前に知ることはできない)という意味でなら、私は運命というものを信じません。不可知論的決定論は無意味です。ただし、レトリックとしてなら、すでに経験された人生を語るときや、女の子を口説くときに、それは役に立ちます。
Q:先生がミスチルの「everybody
goes」 を知っているとは驚きましたが、社会学の先生は流行に敏感な人が多いのですか。
A:とくにそういうことはないと思います。文化社会学がご専門の長谷先生でさえ、「モー娘。」を「モームスメ」と読んでいましたから。
●感想
信じられないくらい教室が暑かった。ライフコースどころか、僕のライフが尽きます。★うまい、座布団一枚。
スーツ、大変じゃないですか?★ジャケットです(スーツとは上下揃い)。
暑いです。先生はアツイです。★社会学専修のGTOと呼ばれています。
先生もMr.Childrenを聴かれるんですね(笑)。★聴くだけでなく、歌ったりもしますが、何か問題でも?(おぎやはぎの口調で)
恋人がいなかったり、将来の夢が見つからなかったりすると、つまらなく感じたり、焦りを感じたりしますが、それも近代社会の構造のせいなのかと思うと、全てを見透かされてしまっているみたいで嫌だけど、なんとなく安心感を感じたりもしました。★マルクスは『フォイエルバハに関するテーゼ』の中で、「哲学者たちは世界をいろいろに解釈してきただけだ。世界を変革することこそ問題であろうに」と言っていますが、事態を解決(変革)できないまでも、説明(解釈)ができると、それでわれわれは一安心するのです。
私は初めて「何になりたい?」と聞かれたのは、幼稚園の誕生日会のときだったと思う。絵に描いたから覚えているけど、その時、「ケーキ屋さん」と答えた。いま思えば、あれが、職業選択の自由に大きく関わっていたんだなと思った。★先日、『カフェをはじめる人の本』(成美堂出版)という本を買いました。12の実例が載っているのですが、その1つ、三鷹にある「フォスフォレッセン」という古本屋とカフェを合体したカフェの写真を見て、思わず「これだ!」と心の中で叫びました。雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、・・・・古本ニ囲マレテ珈琲ヲ煎レル人ニ私ハナリタイ。
高校生に入学した頃に、「この高校で一生のお相手をみつけなきゃね。きっとみんな有望だからさ」と言っていた子がいたのを思い出しました(笑)。★私の妻は同じ高校の先輩と結婚したんですけどね(笑)。
Dragon
Ashの歌には成功を堂々と歌ったものが多いと思います。★矢沢永吉の自伝のタイトルは『成りあがり』です。
「大人になったら何になる?」といった質問が社会によって発せられていたという考え方はとても衝撃的でした。他にもそういう質問があるか、考えてみたいです。★社会には口はないけど、社会の代理人(子どもの周りの大人たち)の口を借りて、子どもに語りかけるのです。「勉強しなさい」とか、「人に迷惑かけちゃだめよ」とか、「自分らしく生きなさい」とか・・・・。
何の疑問も抱かず答えたり質問したりしていた「何になりたい?」「誰が好き?」という問いかけが、実はされるべくしてされている質問だったということが気持ち悪い(同時に、面白い)と感じました。★操り人形が自分を操っている糸の存在に気づいたときみたいに。
「大きくなったら何になる?」「誰のことが好き?」・・・・普段何気なく口にする言葉から個人のライフコースや社会構造まで分析してしまう・・・・大きな驚きでした。ライフコース論を本気で学んでみようと思うようになりました。★本気ということであれば、グレン・エルダー編『ライフコース研究の方法』(明石書店)を薦めます。定価で買うと6300円もするから、古本屋で買おうね。もし英語が得意なら、MortimerとShanahanという人が編集したHandbook of
the Life Courseという本を薦めます。Amazonで購入しても12870円もしますから、大学図書館(所沢から取り寄せ)で借りてコピーして読みましょう。
人生における成功はあまり誇らしげに語られることはなくなったという話でしたが、自分もそう思います。これは他者を蹴落として出世するという話が好まれず、「ナンバー・ワンにならなくてもいい」という「やさしさ」が社会を覆っているからだと思いました。まったりとした空間に自分たちは生きていると思いました。★大平健『やさしさの精神病理』(岩波新書)という本があります。
「成功の物語」と聞いて私が思いつくのは、織田裕二主演の『お金がない!』っていうドラマです。成り上がりの話でした(でも最後はやっぱり地位や愛が大切って終わり方だったけど・・・・)。★小雪がドラマデビューしたやつだね。あの頃に比べると、彼女も女優らしくなったよなあ。
成功と幸福の二大テーマの話で、私は男性は主に成功を、女性は幸福を求めている気がする。男性は仕事で出世すること、女性は幸せな結婚を望んでいる気がします。★「男は仕事、女は家庭」という性別分業は、近代社会の典型的な図式だからね。もっとも、女性にとっての結婚には出世(玉の輿)の願望も入っていると思うけどね。
5年後の自分が一体何をしているのか考えると、ちょっと不安になります。★いいなあ、若者は。中高年は、5年後、はたして自分がまだ生きているか不安になるからね。
先生のHPをたまに見ます。「フィールドノート」もたまに読んでいます。なぜか、あのページに登場したいという欲求が生まれます。社会学的にはどういうことでしょうか。僕は先生のファンなのでしょうか。たぶん違うと思います。でも、登場したい。★正直に「ファンです」とお言い!(女王様の口調で)