2004.5.26
社会学研究9「社会構造とライフコース」
講義記録(6)
●要点「人生の物語」の変容
努力して立身出世を果たす「成功の物語」とは裏腹に、日露戦争後の日本では、石川啄木が「時代閉塞の現状」で指摘したように、不況と学歴のインフレによって学歴に相応しいだけの社会的地位を獲得できない人々(遊民)の存在が問題となっていた。また、戦争成金の出現に象徴されるような拝金主義(愛情至上主義の対立イデオロギー)の台頭もあった。当時の文壇の主流であった自然主義の作家たちは、「挫折の物語」や「堕落の物語」を生きる人々を描いて、そこに人生の真実をみようとした。
しかし、庶民の多くは自然主義の作家が描く「みじめな現実」や「みにくい現実」を直視することを好まなかった。彼らが必要としたのは「成功≠幸福」をテーマとする「幸福の物語」であった。社会学者ミルズは『ホワイト・カラー』(1951年)の中で「諦めの文学」について述べているが、それは「成功の物語」の対抗文化としての「幸福の物語」の別名である。
日本では大正時代(1920年前後)に「諦めの文学」が登場した。広津和郎の小説『神経病時代』(大正6年)の主人公、新聞記者の鈴木定吉は、「憂鬱」な日々を送りながら「ああ、田舎に行きたいな」と呟く。彼のいう「田舎」とは、都市生活者によって美化された「田舎」、すなわち「田園」である。憂鬱を感じていたのはサラリーマンの妻も職業婦人も同様だった。大正6年の読売新聞の身の上相談には、「毎日暇ですることがない」34歳の専業主婦の悩みや、「女の幸福から遠いところにいる」33歳の女医の悩みが載っている。これらは「成功者」の内面の苦悩や虚ろさをテーマとした「諦めの文学」である。
「成功の物語」と同様、本当の幸福とは何かを積極的に語る「幸福の物語」の原典も西洋から輸入された。メーテルリンクの『青い鳥』(1908年)である。しかし、作者の意図に反して、読者は「あなたのお家の幸福たち」が本当の幸福であると誤読した。「田舎」を美化したのが都市生活者であったように、「家庭」を美化(暖かな家庭)したのも「冷たい社会」を経験した都市生活者であった。「幸福の物語」の舞台としての「家庭」の中心には小さな子どもたちがいる。子どもを「純真無垢」な存在としてみるロマン主義的な子ども観の日本での確立を象徴するのは、大正7年、鈴木三重吉による童話・童謡雑誌『赤い鳥』の創刊である。
●質問
Q:人間は幸福を追い求める生物だと思うのですが、求めても求めても満足できない人が多いのはなぜでしょうか。
A:生物的(生得的)欲求には一定の水準があり、それに到達すれば満足しますが(お腹いっぱいのときにもっと食べたいとは思わない)、社会的(学習的)欲求には相対的な水準しかなく、他者との比較の中で、満足や不満足が絶えず発生するためでしょう。
Q:美味しいものを食べると「幸せだな」と感じます。これは気づく幸福ですか? それとも追い求める幸福ですか?
A:美味しいものの種類によります。ふっくら炊けたご飯なら前者、黒海産のキャビアなら後者です。別名を「知らない間に太る幸福」といいます。
Q:幸福って幸福ですか?
A:禅問答のような質問ですね。A=Aは形式論理学の基本命題の1つでが、この質問は、「一般に考えられている幸福」は「本当の幸福」かという自己回帰的な質問ですね(たぶん)。「本当の幸福」の内容が未知数なので、解答不能です。
Q:結局、メーテルリンクが真の幸福だと考えた「大きな喜びたち」は日本では普及しなかったのですか。
A:いいえ、必ずしもそうとは言えません。たとえば、「正義である喜び」は社会主義運動という形で、「ものを考える喜び」は大正教養主義という形で、「母の愛の喜び」は愛情至上主義の一形態として、普及したといえるでしょう。
Q:子供のいない夫婦が、本人たちは幸せでも、「大変ねえ」とか「かわいそうね」とか思われるのは、日本人の幸せに対する誤解からなのでしょうか。
A:むしろここで問題になるのは日本人の幸福観というよりも家族観でしょう。家族はさまざまな二者関係の組み合わせですが、何が中心となる二者関係であるかは社会によって異なります。欧米では夫婦関係ですが、日本では伝統的に親子関係(とりわけ母子関係)です。たとえば、親と小さな子供が一人いる家族の就寝形態について調査してみると、一番多いのは、家族全員が同室で、子供を真ん中にして寝る形態です(欧米では夫婦が同室でダブルベッドで寝て、子供は一人で子供部屋のベッドで寝る形態です)。子供中心、親子(母子)関係中心の家族観の社会では、子供の不在の家族は、家族の完全態ではないとみなされるのです。
●感想
「ガリ勉」の「ガリ」が「我利」、つまり己の欲ばかりを求めるという意味だということを知ってびっくりしました。★「ゴリ」も「吾利」である(嘘)。
『青い鳥』の話は、最後、青い鳥は家の中にいたというところで終わりだと思っていたので、その後、青い鳥が逃げ出したと知ってびっくりしました。★お芝居は終わる。けれど人生は続く。
生活にもお肌にもハリがないです。平凡な主婦になってぶくぶく太って人生終わりたくない、とも思うのですが、忙しすぎていつのまにか40、50になってました、ってのも嫌です。愛もお金もお肌のハリもほしいです。★あれもこれもと欲張ると「ガリバー」(我利婆)になっちゃうぞ。
「成功は必ずしも幸福にあらず」という言葉を聞いて、先日、TVでやっていた浜崎あゆみさんのドキュメントを思い出しました。成功するって大変だけど、成功した後も大変ですね・・・・。★その番組なら私も見ました。気丈な人ですよね。コンサート当日のリハ中に舞台の奈落に落ちて、病院から車椅子で帰ってきて、本番に臨むんですから。♪僕たちは幸せになるためこの旅路をゆく〜
幸せになりたい、成功したいとごく自然に願うが、社会的に生み出された思いで、結局は自分本来の考えというものは存在しないように思え、少し悲しくなりました。★「自分本来の考え」とは何でしょう。外部の何ものにも影響されずに内部に生じた考えということであれば、それは幻想です。そうした幻想を批判的に検討する能力を鍛えること。その上で、ある「考え」を「自分の考え」として選び取ること。そうやって選び取ったものが平凡なものであってもいっこうにかまわない。「主体的」とはそういうことです。
幸福とは何か。難しい問題だと思います。でも、どう定義しても、自分自身が「幸せだ」と思えば、その状態がその人にとっての幸福だったりするんじゃないかな、なんて。やっぱり「あきらめの文学」的な考え方ですね・・・・。★そこで思考が停止してしまっては、「あきらめの社会学」です。主観というのは社会的状況から遊離しているわけではない。したがってある人がある状態を「幸せだ」と認識するには、そのような認識を成立させている社会的な条件やメカニズムが存在するはずで、その分析へと進む必要があります。主観的データも論理的に分析可能なのです。
「しあわせになりたい」と思うけど、「しあわせ」ってなんでしょう。不幸のイメージはなんとなくわかるけど、幸せはすごく曖昧に感じます。人それぞれでしあわせの基準みたいなものが違うんじゃないでしょうか。★「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸である」とは『アンナ・カレーニナ』の冒頭の一節である。しかし、君の見方に従うと、「不幸な人生はどれも似たものだが、幸福な人生はいずれもそれぞれに幸福である」ということになるのだろうか。
うちの母は「あたたかな家庭」=「子どもに本を読み聞かせる」という発想を持つ典型的な人間です。母は商家の生まれで、そういうものに憧れていたそうです。退屈などすることなく、専業主婦をやっています。幸せ者?!★私は子どもが小さい頃、添い寝をして、昔話を語ってやっていました。鬼退治に出かけた桃太郎の一団が逆に鬼たちにボコボコにやれらてしまうという自己流の改訂版で、子どもは興奮で目が覚めて眠れなくなってしまうんです。
「学歴なんて関係ないぜ、東大出てから言ってみたい」というCMがありましたが、「成功≠幸福」は成功を手に入れた人が言っている少数意見ではないかと感じます。★東大を出た人は「学歴なんて関係ないぜ」とは言いません。美人が「女は顔じゃありません」と言うようなもので、嫌味になるだけですから。
旅と恋が日常からの脱出だと気づいて少しショックでした。自分は両方好きなので。★旅先で素敵な人と出会ったら一石二鳥。
子どもである幸福・・・・。最近、それは「ピーターパン・シンドローム」な気がする。建前や世間体ばかり気にしているような今の状況よりも、何も考えず外で遊んでばかりいたあのころの方が幸せだったのかなあ。新しい幸福を探さないと! と思います。★遠く離れた場所が故郷として美化されるように、過去も郷愁の対象になる。「何も考えず外で遊んでばかりいた」子ども時代というのも、そうではないか。子どもにも子どもなりの悩みがあったと思うのだが。
後ろの席の人がずっとしゃべってました。よくもまあそんなに・・・・。ある意味、尊敬(笑)。★その人の鼻の穴に人差し指と中指を差し入れ、顔を固定した上で、ビンタを2回食らわして下さい。指をそっと引き抜くと、鼻血がスーッと流れ落ちるでしょう。路上でもらったティッシュ・ペーパーを渡して、「ほら、早く拭かないと、せっかくの服が汚れちまうぜ」とニヒルに笑って下さい。