人 生 の 一 日
―研究室だより・1999年夏―
「一週間」という歌がある。有名なロシア民謡である。
日曜日に市場へ出かけ 糸と麻を買ってきた テュラテュラ・・・・ 月曜日にお風呂をたいて 火曜日にお風呂へ入り テュラテュラ・・・・ 水曜日にあなたとあって 木曜日は送っていった テュラテュラ・・・・ 金曜日は糸巻きもせず 土曜日はおしゃべりばかり テュラテュラ・・・・ 恋人よこれが私の一週間の仕事です テュラテュラ・・・・
子供の頃から、私にはこの歌に関していくつかの疑問を感じていた。
@なぜ月曜日にお風呂をたいたのに、その日のうちに入らず、翌日入るのか。
Aダークダックスが歌うときは「恋人よこれが私の・・・・」なのに、児童少年合
唱団が歌うときには「友だちよこれが私の・・・・」に替えられているのはなぜか。B「これが私の一週間の仕事です」といっているが、実際はぜんぜん仕事をし
ていないではないか。 この種の疑問は、音楽の先生に尋ねてみたとことろで、かわいげのない子供と思われるだけであろう。 だから私は自問自答して自分なりの解答を与えていた。@この女性は貴族のお屋敷の下女か何かで、風呂を焚いても、本人は翌日の残
り湯を遣うことしか許されていないのであろう。A水曜日の晩、この女性(女性とは明示していないがたぶん女性だろう)と恋
人とは「一夜を共にした」わけだが、そのとき「何もなかった」はずはない。結婚前の男女のこうした行為を文部省は好ましくないと考えたのであろう。Bこれは革命前のロシアの農民の歌で、いまのソ連の農民はもっと勤勉に違い
ない(社会科でコルホーズとかソホーズとかいう言葉を習っていた)。あるいは、深読みをすれば、この「一週間」という歌は、その牧歌的な内容とは裏腹に、一種のサボタージュ(罷業)の歌、旧体制下でのプロテスト(反抗)ソングだったのかもしれない。
NHKの大河ドラマ『元禄繚乱』のナレーションではないが、その日から30年以上の時が流れた。 子供の頃に感じた疑問は根本的な解決をみることなく、いまもそのままである。そもそも 「一週間」の歌詞は「劇団カチューシャ訳」となっているが、元々の歌詞はどうなっているので あろうか。外国の歌が日本語に訳されるときに詞の内容が原曲と違ったものになるというのは よくあることで、原曲の歌詞を見れば、長年の疑問が解けるのではないか。しかし私は ロシア語を解さない。教授会のとき、教員の座る席はだいたい専修ごとに決まっていて、社会学の 両隣は心理学とロシア文学である。この地の利(?)を生かさない手はないだろう。だが私の斜め 向かいに座っているK講師(美人ではあるがモスクワの冷気のように冷たい表情をした女性である) の顔を見ると、「質問はまたにしよう」と思ってしまう。私には子供の頃の経験から、女性教師の 多くは真面目な質問を冗談と受け止め、反対に、軽い冗談を真面目に受け取ったりする ことを知っているのである。
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前置きが長くなった(!)。近況を語ろうと思ったら、話が始めから横道にいってしまった。 無駄話が好きなのである。
月曜日 終日読書 火曜日 午前、読書。午後、大学で会議。夜、研究室で雑用。11時頃帰宅。読書。 水曜日 午前、映画(有楽町周辺の映画館)。午後、将棋道場。夜、読書。 木曜日 終日読書。 金曜日 午前、読書。午後、卒論ゼミと研究会。夜、研究室で雑用。11時頃帰宅。読書。 土曜日 終日読書。 日曜日 午前、読書。午後、将棋道場。夜、読書。これがここ数ヶ月の私の典型的な「一週間」である。週によって月曜日の午前に歯の治療が入ったり、 土曜日の午後に学会関係の会合が入ったり、日曜日に一家で私の実家に出かけたりするが、生活の 中心は読書である。晴耕雨読ではなく、晴読雨読である。読みたい本がたくさんあるため、硬軟 とりまぜて数冊の本を並行して読んでいる。硬い本(専門書)を読んで頭が疲れてきたら軟らかい 本(自伝や小説やエッセー)を読み、頭がほぐれてきたら再び硬い本に向かう。そうやって一日が 過ぎていく。我ながらよく飽きないものだと思うが、これが飽きないのである。読書が生活の中心 にあるライフスタイルというものに憧れて大学教師になったのであるが、実際になってみると、 大学教師というのは想像していたよりもずっと多忙で、下手をすると自宅と大学を往復する 電車の中が一番の読書タイムというようなことになってしまう。「これではいけない」と思って いたところに一年間の研究休暇がいただけた。というわけで、乾いた砂に水がしみ込むように、 本が読めるのである。
考えてみると、私が読書三昧の生活が送れるのには他にもいくつか理由がある。
第一に、文系の教員であること。同じく大学教師でも、理系の教員の場合は、読書ではなく実験中心 の生活になる。文系の教員にとって読書は仕事の一部である。読書それ自体は生産的な行為では ないが、話したり書いたりするための下準備となる。別々の本から得た雑多な知識が私の頭の中で 相互に結びついて一つの物語を形成することを期待して、私は濫読を続けるのである。
第二に、視力がよいこと。私は右目は0.7だが、左目は1.5を保っている。読書をして頭が疲れることはあっても、目が疲れることはない。(ただし、瞼の裏側にものもらいが出来やすい体質で、 これまでに何度も簡単な切開手術を受けている)。
第三に、酒を飲まないこと。おかげで「今夜、一杯どうですか」と誘われずにすむ。 酒の好きな人は、私が酒を飲めないことを哀れむが、私は自分が酒が飲めない体質であること を不幸だと思ったことはない。好きなのに(健康上の理由で)飲めないのであれば辛いであろうが、 もともと飲めないのであるから、辛くもなんともない。ピーマンの嫌いな子供がピーマンを食べられ ないことを不幸だと感じないのと同じである。辛いのは、酒が飲めないことでなく、 飲めない酒を飲まされることである。下戸が「酒縁社会」で生きていくのは大変だ。
第四に、これが一番の理由であるが、友人が少ないこと。酒を飲まないことと関係があるかも しれないが、どうもそのためばかりではないようだ。子供の頃から私は友人が少なかった。友人が 多いか少ないかは「友人」をどう定義するかによるが、仮に「何でも話せる間柄にある人」と定義すると、 私にはもしかしたら一人の友人もいないかもしれない。悩みをかかえていない時期はこれまでの人生に なかったが、私は自分が直面している悩みを人に話そう、相談に乗ってもらおうと積極的に考えたこと がない。話してもしかたがないこと、相談してもしかたのないこと、私の悩みというのはたいてい そのような種類のものだった。しかし、そのような悩みであっても「話を聞いてもらうだけで楽になる」 と世間ではいう。そうかもしれないとは思うのだが、私はそうする代わりに、夜空を見上げて、「自分の 抱えてる悩みなんか宇宙の時間の中で考えればまったくとるにたらなことなのだ」と自分に言い聞かせる方法 を子供の頃からとってきた。しかし、酒を飲めないことを不幸と感じたことのない私も、友人の少ない (もしかしたらいない)ことを不幸と感じることはときどきある。自分という人間には何かしら致命的な 欠陥があるのかもしれないと思うのである。
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正月から付け始めた日記がいまも続いている。たいていは最初の数ヶ月で終わるのだが、今年は久しぶり で大晦日まで続きそうである。日記は一日一日就寝前に付けるのが基本であろうが、私の場合は、 朝起きて前日の日記を付けたり、数日分をまとめてつけることが多い。何も書かない日があっても気にしない。
日記を付けることは人生の一日一日に輪郭を与えることである。「今日はこういう日だった」とその日 その日を意味付けることである。もちろん私たちの毎日はそんなにドラマチックではない。しかし、 その気になって見つめれば、ある一日を他の一日と区別するものはけっこうたくさんある。 作家の池波正太郎は毎日の食事の内容をきちんと日記につけていた。「×月×日 夕食は、アワビの 貝殻で、貝柱と白菜とネギと豆腐の小鍋立てにし、日本酒を二合飲む。ついで、散歩のときに買って 来た牛肉をつけ焼きにし、たれといっしょに熱い丼飯へのせ、バターの小片を置き、ちょっと蒸らして から食べる。ビフテキ丼なり。夜食は、海苔を巻いたむすび一個に沢庵」(『食卓の情景』新潮文庫)。 どうです、うまそうでしょ。私の場合は、池波ほど食事に情熱をもっていないので、その日に読んだ 本の中で出会った文章を書き留めることが多い。たとえば、6月26日(土)の日記には、曾野綾子の 『仮の宿』(角川文庫)という本から、次の文章を書き写した。
「大人たちはなぜ、青年たちに、この世は信じがたいほど思いのままにはならない所なのだということを、 きっちりと教え込まないのでしょうか。そして人間は、だれも、そのような不合理な生涯にじっと耐えて −つまりいい加減に−生きているものだということを。/なぜ、それほど絶望的な現世に、私が自殺も ぜすに生きているかというと、第一は、私の身のまわりの人たちが、今私に死なれると少し困るに 違いないと思うからです。/第二に、今、この瞬間にも、心から生きたいと願いつつ、それが果たせ そうにない病人がどこかにいるからです。その人たちが心から生きたいと願っているその純粋な想いに 対して、私は、自分が持っている生命を紙屑のように捨てるのは申し訳ない、と思ってしまうのです。 (中略)/第三に、ろくでもない、絶望的な所だということが確定してしまうと、私のような ヘソマガリはそこでやっと安心して、あたりを見廻すのです。そして、何だかよくわからないの ですが、「ウン、それにしてはおもしろいこともある」と呟いてみてもいい心境になります。」
実は、この夏に、高校生を対象にした「社会学的人生案内」のような本を書くことになっている。
昨今、高校生を論じた本はたくさんあるが、高校生に語りかける本は存外少ないように思う。 彼らにおもねることなく、且つ、説教臭くならないように書きたいと考えている。